小学5年生
5年生になった
小学校5年生になりました。
私は、5年3組でした。
また、クラス替えがありました。
先生も、変わりました。
「はるまき」というあだ名の、男の先生でした。
他の子と何か違う?
クラスの子たちは、もう体もどんどん大きくなってきている子も多く。
私は、クラス一のチビでした。
周りの子たちは、中身もどんどん大人になっていました。
同じクラスの子と遊んだりもしましたが、どうしても私が遊んでもらっている感がありました。
私の精神的な成長が、遅れていたんだと思います。
私を含め、3人の女子が、2人の男子を追い掛け回して遊んでて、男子を泣かせてしまったこともあったなぁ(笑)
授業中に見た爆発事故
夏のある日。
授業中に、臨海工業地帯で爆発事故がありました。
授業中に突然、「ドーン!」とういう雷のような音が鳴り。
晴れているのに、雷だとは思えないし、何だ?と教室中がざわざわしました。
先生は最初、静かに!と言っていましたが。
教室の窓から外を見ると、真っ黒い煙が遠くの方で上がっていました。
その後、もう一度爆発音が。
さすがに、異変に気付いた先生が、教室のテレビをつけました。
その時は、テロップでニュースが流れただけでした。
その次の授業は、プールだったので、その後のことは何もわかりませんでした。
私たちは、普通にプールの授業を受けました。
後々家でニュースを見て、工場で爆発事故があったことを知りました。
林間学校
5年生では、林間学校に行きました。
夏休みに入ってすぐだったとおもいます。
奈良の瀞峡(どろきょう)へ、2泊3日で旅行です。
みんなでバスに乗っていきました。
大きな吊り橋を渡ったり。
ニジマスのつかみ取りをして、それを焼いてもらって食べたりしました。
肝試し
夜には、男女ペアになって、二人ずつ歩き、肝試しをしました。
このペアを作るの、男子を座らせて、女子に「好きな子を選べ」という方式でした。
何とも大胆だよな、先生方(苦笑)
私は恥ずかしくて最後のほうまで残ってましたが、結局気に入っていた男子のうちの1人とペアになることができました(*^-^*)
肝試しの道中には、先生が潜んでいて。
こどもが通ると、首つり人形をライトで照らして脅かしたり、大声を出して怖がらせたりしていました。
真っ暗な、山の中の夜道です。
それだけでスリルがありました。
前の子たちが恐怖でのろのろ進んだり。
私たちがあわてて走って通り抜けたりしたので、結局3グループ6人でゴールへ。
怖かったけど、結構楽しかった!
そして、暗い山の中、蛍が沢山飛んでいました。
幻想的ですごくきれいだった。
ゴールでは、男子が蛍を捕まえて。
手のひらにのせて、光るところを見せてくれました。
忘れもの
最終日は、川遊びでした。
そのために、みんな着替えも持ってきていました。
制服を脱いで、Tシャツで川へ飛び込みました。
私も、飛び込みました。
そして、帰りに着替えようとしたところ。
パンツは忘れず持ってきていたのに、タンクトップを忘れていて。
服を入れているカバンは、もうバスのトランクで。
仕方なく、制服のブラウスを一枚で着て帰りました。
帰りのバスの中で、寒かった!
バスが脱輪
帰りは、到着時刻が少し遅れました。
バスが山の中の細い道を通った時。
私たち3組が乗ったバスが、脱輪したからです。
道路脇、山側の側溝に、タイヤを落としました。
谷側でなくてよかった、とおもいます。
そのバスを引き上げるのに、時間がかかりました。
4クラスだったので、バスは4台。
3組だった私たちのバスは、前から3台目。
後で、父親が言っていたのですが、バスが連なるときは、一番前と一番後ろにベテランの運転手を配置し、中間に経験の浅い人を入れるそうです。
そのため、私たちの乗ったバスが、脱輪したのかもしれません。
一番のスリルでした(笑)
帰還
学校に着いて、全員が並んで集会をしているとき。
3・4年生でクラスが一緒だった子の家が、火事になったという報告が来ました。
その子は、先生に「すぐ帰れ」と言われ、集会を抜けていきました。
不調が出始めていた
林間学校の間、頭が痛くなったり、お腹が痛くなったり、夕方になると体調を崩しまくってましたが。
結構楽しんで帰ってきました。
思えば、このころから、出かけると体調を崩すことが多くなってたなぁ。
引っ越しという転機
そして、5年生の12月、私は和歌山へ引っ越すことになりました。
和歌山の祖父母の家を建て替えたからです。
1月から、私は新しい学校に通いました。
そこは、今までの学校と、全然雰囲気が違いました。
男女は別々に遊ぶし。
私がターゲットだったわけではないですが、軽いいじめのようなこともありました。
後で聞いたところ、私が一番好きだった男子も、5年生の3月に東京へ転校していったとのこと。
結構、ショックだったなぁ(笑)
歴史のワークショップ
5年生になった夏から半年間、私は弥生文化博物館の縄文時代・弥生時代の生活を体験するワークショップに参加していました。
毎月1回、いろんな体験をしました。
稲を植え。
石包丁を作り。
その石包丁で稲を収穫し。
臼と杵を使って脱穀し。
もち米だったので、餅を作って食べ。
最後は、縄文土器を作り、みんなで焼き上げ。
中には割れてしまった人もいたけれど、私のはきれいに焼きあがりました!
今でも、我が家の納戸にあります。
実は、ここに、当時私が一番好きだった男子が、いたんです。
この時の体験が、最終的に私を歴史の道に誘いました。
そのお話は、大学時代の項目で語られると思います。