kaleidoscope

自閉症スペクトラム障害、ADHD、うつ病を抱える如月の万華鏡のような頭の中を、書き連ねていきます。わわわアールブリュット作家。

小説におけるこだわり

私は、森博嗣氏の小説・絵本が好きです。

森作品は、手に入るものは片っ端から買いあさっています。

もうこれは、ある意味こだわりです。

 

きっかけ

 

最初に森作品と出会ったきっかけは、福井晴敏氏の「亡国のイージス」にはまったことでした。

そのファンの方(現在は福井氏の奥さま)のサイトでは、「亡国のイージス」の登場人物を、「スカイクロラ」っぽいイメージで書いた絵が掲載されていました。

そこに、「スカイクロラ」のキャッチコピーとして使われている言葉が添えられていたんです。

 

それを読んで、戦闘機ものだということが、分かりました。

それからしばらくして、私は大学生協で「スカイクロラ」を発見。

ページをぱらぱらとめくり、すぐに購入しました。

しかし、そのころはいろいろと忙しかったので、読むこともなく放置。

 

大学を卒業し、就職するも社会の波に振り落とされ、引きこもっていたころ。

スカイクロラ」が映画化されました。

私は、「スカイクロラ」の存在を思い出し、時間もあったので読んでみました。

そして、ぞっとしました。

 

そこに出てくる主人公が、私そっくりだったからです。

世界観といい、生死観といい、私のことを書いたのかと思うほどでした。

そして、スカイクロラはシリーズで、スカイクロラがシリーズ最終話だということを知りました。

でも、発行順はスカイクロラが最初なんですけどね(笑)

 

私は、本屋さんに行き、平積みになっていたスカイクロラシリーズをすべて買いました。

それから、毎日二時間ずつ、一週間ほどで一気にシリーズすべてを読みました。

読み切ったはいいものの、その時の私には、スカイクロラシリーズの内容が、いまいちよく理解できませんでした。

 

歴史小説

 

それからしばらく、私は歴史小説に浮気していました。

専攻分野ですからね(笑)

竹中半兵衛が出てくる歴史小説を読み漁り、それも読みつくしたころ。

 

理解したい

 

やっぱりきちんと理解したくて、もう一度、スカイクロラを読んでみました。

その時は、発行順ではなく、物語の時系列順に読みました。

何となく、だいたいの理解はできました。

でも、もっと理解したい。

作者は一体何を意図しているのか、知りたい。

作者は、自分の作品の中では「スカイクロラシリーズが最高傑作だ」と言っている。

これはきっと、他の作品も読んでみないと分からないに違いない。

そう思って、森博嗣氏の作品を読破しよう、そう決めました。

 

すべてがFになる

 

手始めに、「すべてがFになる」から読み始めました。

これが、とんでもない衝撃でした。

この作家さんは、ミステリィ作家だったのか、という驚きと同時に、とんでもない文章力と、想像力だ!と思いました。

私は一気に作品にとり憑かれ、シリーズ10冊を読破。

次のシリーズ10冊も読破、そして次のシリーズも、短編集も・・・・・・と、どんどん読んでいきました。

読み漁るうち、スカイクロラシリーズの謎が、少しずつ解けていきました。

スカイクロラは、ミステリィではないように見えるけれど、とても大きな仕掛けのミステリィなのだ、ということも分かりました。

 

このころには、完全にその世界観の虜になっていました。

何だか、私の住んでいる世界に似ている気がしました。

 

ブログやエッセイも

 

小説だけでは飽き足らず、彼のブログを本にしたものも、読みました。

工作関連の本も、読みました。

とにかく、彼の考えていることが知りたい、そう思って、次々に読んでいきました。

やはり、私の世界との共通点が、多々ありました。

失礼かもしれませんが、おそらく私たち寄りの人間なのだろう、と考えました。

一度など、ブログの中で「読字障害」について触れられていて、本当に驚きました。

彼は、断定はしていませんでしたが、自分も軽いものだけれど、それだったのではないかと思った、今は大丈夫だけれど、というような内容のことを書いていました。

 

自分を見つめるツールだった

 

私は、森氏の作品を通して、自分を見つめているような気がしています。

だから私は、彼の作品にこだわって、読み続けるのです。

私が住む世界を、文字として表現し、他人に伝えるための基礎となっていると言っても、過言ではないと思います。

どのようにして、「コトバ」という記号を使って、人にものを伝えるのか。

こういう考えは、どう表現したらみんなにも理解できる表現になるのか。

国語の勉強を、させてもらった気がします。

他にも、こう考えれば、生きやすくなるのではないか。

人と違ってもいい。

人に迷惑をかけない程度に、自分の思うままに生きよう。

など、いろんなことを、学ばせてもらいました。

特にエッセィでは、本当に大事なことを教えてもらいました。

 

それは、作者の意図することとは違うかもしれません。

でも、私は私なりに、その作品と出会った意義を見つけています。

 

「生きるとは?」

「死ぬとは?」

「人間って何?」

そんな永遠のテーマが、絶妙な彩りを纏った切り口で展開される、森シリーズ。

彼が完全に執筆活動を停止するまで、私はその世界に住み続けます。

こだわりと不安

ストックする癖

 

こだわりというかなんというか、私は昔から、物のストックがないと不安になります。

日常生活品はもちろん、本や趣味に至るまで、とにかくストックを作ります。

 

たとえば。

一人暮らしをしていた時は、トイレットペーパーやティッシュは、必ず口の空いていない新しいものを、常に置いておかなければ不安でした。

それも、箱の口を開けていないものではなく、いくつかをビニールで束ねた、ひとセットまるまるが、待機している状態でなければなりません。

もしかしたら、次買いに行く余裕がないかもしれない。

そうなったら困る、と思うと、どうしても余分にストックしてしまうのです。

そのため、ストックのストックを作っておくことにまで進展してしまい、常に新しいセットが2つある、なんてことにもなってしまいました。

 

今は、とにかく本のストックをしています。

私は、毎日必ず30分は、本を読みます。

新しい本を読み始めたら、次に読む本がなくなってしまわないように、また数冊本を買います。

本を読み終わるたびに、そうして、これから先読む本を購入します。

 

ブログもストック

 

こうして毎日ブログを書いていますが、実はこれもストックしているのです。

書く暇がないときでも、あらかじめ書いてあるものをUPするだけなら、一瞬でできます。

今すでに、かなりのストックがあります。

だから、今書いた記事がUPされるのは、何日後になるのか…ということになります。

一旦寝かせるので、文章の校正をする余裕ができるので、まぁいいかと思っています。

たまに、その日あったことを書くこともありますが、通院以外のことはほとんどストックされたものなのです。

 

不安?

 

なぜストックがないと不安になるのか。

私自身、よくわかりません。

もしかしたら、コレクションの一部なのかもしれません。

でも、日常生活用品などは、とにかく数が減っていくと不安になるのです。

一番いいのは、常に同じ量があることです。

一つなくなれば、一つ足す。

それが一番、私が安定する状態です。

もしかしたらこれは、「常に同じである」ことにこだわる特性から来るものなのかもしれません。

 

そんなことで不安になるの?と思われるかもしれませんが、こんなことが不安要素なのです。

だから、毎日いろんな不安を抱えたまま生きていて、疲れてしまうのかもしれません。

忍者へのこだわり?

 趣味に近いけれど

 

今回は、忍者へのこだわりです。

歴史の中に含めてもいいけれど、どちらかというと趣味に近いので、別枠にしました。

 

私は、忍者が大好きです。

一時は、本気で将来の夢が忍者だったくらい。

 

私が、小学校2年生の時です。

はじめて、「忍たま乱太郎」というアニメを、見ました。

ご存じの方も多いと思います。

忍者をテーマにした、ギャグアニメです。

 

初めて見たときに、私は衝撃を受けました。

その日までは、忍者というものを、知りませんでした。

昔の時代の話だ、ということは分かりました。

しかも、めちゃくちゃカッコイイ。

私はすぐに、そのアニメにはまりました。

 

そして、小学校の友達が、忍たまの原作である「落第忍者乱太郎」を数冊、持っていました。

その子に漫画を借りて、読みました。

 

忍者屋敷へ

 

小学生の頃、毎年三重県赤目四十八滝へ家族旅行に行っていました。

その近くに、忍者の里として有名な、伊賀があります。

私は、そこへ連れて行ってもらいました。

伊賀上野城の敷地内には、忍者屋敷があります。

そこには、忍者に関する博物館もあります。

はじめて行った時、私はその忍者屋敷の虜になりました。

どんでん返し(がらりん戸)の体験をさせてもらったりもしました。

のちのち、ここを落乱原作者も訪れたようです。

毎年、忍者屋敷には必ず行きました。

そして忍者の知識を、どんどん増やしていきました。

 

それからずっと、中学生になったころまで、毎日アニメ・忍たまを見ました。

中学生になってからは、部活の練習が忙しく、なかなか見られなくなり。

少しだけ、漫画も集めましたが、お金がなく集めきれませんでした。

高校生になってからは、部活の練習が終わるのが遅く、全く見られなくなりました。

それからは、忍たまからは離れていました。

 

忍たまに出戻り

 

大学生になって。

私は、風邪で数日、部活の練習を休みました。

その時に、テレビ欄を見て、忍たまの放送がまだあることに気づきました。

久しぶりに見てみると、やっぱり面白い。

それからは、毎日録画をして見るようになりました。

そして、私は、ネットで忍たまについて調べ始めました。

 

すると、忍たまの時代設定は、室町時代後期。

つまり、戦国時代です。

しかも、作者は日本中世史専攻。

作中でも、当時の時代背景や、文化など、きちんと調べて描かれています。

原作では、もっと詳しく書かれています。

 

私は、戦国時代について学ぼうとしているところでした。

何とも素晴らしいタイミングで、忍たまに出戻りしたのです。

そして、すぐに原作の漫画も買い集めだしました。

そのころはすでに、38巻くらいまで発売されていて。

登場人物も、すごく増えていました。

 

出戻りしてからは、私は、主人公たちはもちろん、水軍ひいきになりました。

以前にはあまり登場しなかった、水軍が、メンバーも増え活躍していたからです。

 

卒論のテーマへの影響

 

それからしばらくして。

私は卒論のテーマを決めることになりました。

最初は、忍者を取り扱おうと思いました。

しかし、忍者の史料は少ない。

なら、忍たまの中でも好きな、水軍をテーマにしちゃえ!と。

そこから、地元の雑賀衆にたどり着きました。

雑賀衆は、鉄砲傭兵隊として有名ですが、水軍力も大したものだったようです。

 

そして、私が雑賀衆の卒論を書いている真っ最中。

落乱(落第忍者乱太郎)に、その雑賀衆がモデルである、佐武衆が登場したのです!!

私は、自分の目を疑いました。

最初は、雑賀衆ではなく、他の鉄砲隊だろう、と思いました。

でも、鉄砲隊の若旦那の出身地は、紀伊です。

しかも、敵に回せば必ず負ける、味方につければ必ず勝つ、ということも書かれていました。

もうこれは、間違いない!

まさか、まさか、このタイミングで雑賀衆が来るとは!

 

私は、卒論を書いている真っ最中でしたが、卒論を放り出し、一気に漫画を読み終えました。

これは、間違いなく、神様から私へのプレゼントだ!とも思いました。

そして、その勢いで、すぐに卒論を書き上げました。

 

それから数年。

作者が、はっきりと佐武衆のモデルは、雑賀衆だと発表しました。

 

私を作り上げたもの

 

私を歴史の世界へと誘ったのは、前にも書いた弥生の遺跡と、この忍たまでした。

偶然にも、どちらも同じ時期に出会っているのです。

今でも、どちらも好きです。

落乱は、発売されるたびに、予約して購入します。

毎回、いろいろ勉強ができます。

大学の授業で、室町期の文化を習った時も、落乱の一場面を思い出しながら講義を聞いていると、よく理解できました。

そのくらい、しっかりと調べて描かれているのです。

 

私は、これからも忍者好きでいるでしょう。

戦うことが目的ではなく、生きて帰るのが使命。

情報を持ち帰るのが、忍務ですから。

どんなに恥をさらしてでも、生き延びるのが忍者。

そんな忍者の生き方に憧れます。

が、この世の中、なかなかそういう風には、行きませんね(笑)

歴史へのこだわり

趣味とこだわりとは、オーバーラップするものも多いのですが。

ここでは、こだわりという面から、趣味を考えようかと思います。

 

歴史が好き

 

私は、歴史が好きです。

なぜ好きになったか。

小学校2年生くらいだったかな。

当時住んでいた家の近くに、「弥生文化博物館」がありました。

歴史なんてまだ理解も出来ない私を、両親はこの博物館に連れて行ってくれました。

母親が、寺社巡りが好きで、歴史にも少しだけ興味があったからです。

 

はじめての博物館でした。

私は、訳が分からないながらも、古代の出土品をみて、感動しました。

どのくらい昔かは分からないけど、とにかくとても古い時代の人間が生きていた証拠が、そこにあるのです。

石包丁や土器。

昔、人が住んでいた家。

食べていたもの。

色々なものが、展示されていました。

なぜか、とても親近感を抱いたことを覚えています。

 

自閉系の人間は、太古の人間に近いのではないか、とも言われています。

そう考えれば、私が古代の人間に魅かれたのも、頷けます。

 

そんなこともあって、知的好奇心から、歴史を知るということにこだわりだしました。

 

はじめて遺構を見た

 

そして、その博物館の横は、当時はまだ草原でした。

あるとき、その草原の、大規模な遺跡調査がありました。

その調査が進むにつれ、とんでもない遺跡が眠っていたことが、分かりました。

私が小学校3年生か4年生の時です。

大きな大きな木をくりぬいて枠を作った井戸と、大きな建物の柱の跡が、出土したのです。

当時、テレビや新聞でも、大きく報道されました。

それが、私の身近にあるもので。

そんなにすごいものなんだ!と感動。

実際に、発掘現場の説明会にも、行きました。

そこでは、発掘作業が続けられていました。

私は、将来この仕事がしたい!と思いました。

 

その後、その場所は遺跡保存のために埋め戻され、その上には、出土した遺構から、再現した建物が建てられ、公園になっています。

今でもまだあるはずです。

公園ができてからも、一度見に行きました。

 

歴史のワークショップに参加

 

そんなこともあり、私は「弥生文化博物館」に何度も連れて行ってもらいました。

そして、小学校5年生の時。

その博物館が、1年を通してのワークショップを企画しました。

2か月に1度のペースで6回、縄文・弥生時代の生活を体験する、というものでした。

私は、母にその企画の募集を聞かされ、「行く!」と言いました。

その説明会のとき。

私は、某新聞社の記者さんに捕まえられ、インタヴューされました。

新聞記事に、載りました(笑)

 

ワークショップでは、昔の方法で田植えをし。

サヌカイト(緑泥片岩)と呼ばれる石を削って、石包丁を作り。

それで稲刈りをして、餅つきをしました。

また、土粘土を使い、縄文土器も作りました。

非常に楽しいワークショップでした。

 

こうして、私はどんどん歴史に魅かれていきました。

 

他にも、自然史博物館も好きで。

特に、古代の生物について興味がありました。

 

歴史漫画

 

そのころ、私はある人から、沢山の本をもらいました。

その中に、子供向けの歴史漫画がありました。

それを読んで、もっと知りたい!と思うようになり。

学校や、近所の図書館で歴史や古生物学の、子供向けの漫画本を借りて読むようになりました。

どんどん読んでいく中で、私は将来、こういうことを勉強したい!と思うようになりました。

 

天文学にも興味が

 

このころ、天文学にも興味を持っていました。

博物館に行きだしたころ、大阪の「ぜんべえランド」という、小さな天文台にも、何度か行きました。

大きな天体望遠鏡で、真昼の水星や、太陽を見せてもらいました。

父親が、家庭でも使える天体望遠鏡を購入。

月食の観察もしました。

今でも、日食などのときは、何度から持ち出して使っています。

そういえば、日食を見たくて、2回くらい仕事休んだなぁ(笑)


大学では歴史を専攻

 

そして、大学は歴史が学べるところを選びました。

本当は、天文学と歴史と悩んだけど、数学の成績が壊滅的だったので、歴史しか選べませんでした。

 

実は、その時はまだ、恐竜時代も歴史でひとくくりにされている、と思い込んでいました。

恐竜なんかは、古生物学、生物に区分されるのですが…。

そして、縄文や弥生などは、歴史の中でも考古学に分類されます。

私が入った大学は、文献史学がメイン。

というわけで、文書が残されている、奈良時代くらいからが対象になります。

それでも、平安時代室町時代(特に戦国時代と呼ばれる、室町後期)も好きだったので、最終的に戦国時代をメインに勉強しました。

そして、博物館学芸員の資格を取得しました。

 

ただ、いくら資格を取得しても、学芸員になるには、院に行かなければなりませんでした。

なので、実際に学芸員になることは、あきらめました。

 

太古からの歴史を知りたい

 

でも、今でも歴史は好きですし、まだ勉強したいとも思っています。

ちゃんと勉強してはいないけど、古生物学も好きです。

天文学も、分からないけれど好きです。

 

それらは、ばらばらの物に見えるかもしれません。

でも、天文学・古生物学・歴史全てひっくるめて、今の自分につながる壮大な流れだと、思っています。

宇宙ができ、その直後、ゼロ・コンマ何秒という時間で原子というものができ。

ブラックホールというものに導かれ、沢山の銀河が誕生し。

太陽系が所属するこの銀河ができ。

太陽が生まれ。

太陽系が生まれ。

地球が生まれ。

そして、地球に「生命」が誕生。

人類が誕生して、歴史を築きあげてきた。

そんな大きなものが、私の中にも、詰まっているような気がするのです。


甲冑を自作

 

その流れで、地元の町おこしの会で甲冑を自作して着ています。

あぁ、写真があった。

こんな感じです。


全て、自作。

マントも、自分で作りました。

背中には、火縄銃二挺と、八咫烏のデザインが施してあります。

 

雑賀衆・孫市の会です。(一応宣伝)

戦国時代に大活躍。

信長の足を鉄砲で撃ちぬいた、日本一の鉄砲傭兵集団、雑賀衆

私の研究テーマであった雑賀衆

憧れの雑賀衆に、なることができました。

 

歴史へのこだわりの、結晶です(笑)

趣味かこだわりか?

趣味とこだわり

 

今回は、艦と飛行機へのこだわりです。

これは、趣味でもありますが、趣味を越えて半ば強迫的にグッズをコレクションしたりしているので、こだわりに含まれるかな、と。

 

艦大好き

 

艦は、「艦」と書いて「フネ」と読みます。

これも、私のこだわりです。

決して、「船」ではないのです。

フェリーなどには、興味はありません。

海上自衛隊の「艦」が好きなのです。

同じ艦でも、旧海軍や他国の海軍には、あまり興味がありません。

なぜでしょう。

自分でも、理由は分かりません。

 

私は、海上自衛隊の入隊試験を受けたくらい、海自が好きです。

艦が好きです。

近所の港に、毎年必ず一度は、艦が入港し。

一般公開が行われます。

毎年欠かさず見学に行きます。

雨でも行きます。

 

最近はあまり行われませんが、以前は毎年、近所の港で体験航海が行われていました。

毎年応募し、ほぼ毎回当選して乗艦していました。

 

趣味のことならどこへでも

 

艦好きのあまり、広島の呉まで艦を見に行ったことも2度あります。

潜水艦を見に行きました。

一度目に行ったときは、てつのくじら館では、海自OBのおじさんに、遊んでもらいました。

シルエットで艦を見分けていると、そのおじさんに、「あんた、自衛官か?」と言われました(笑)

 

3年前の8月、広島まで展示訓練の体験航海に行きました。

体力的にも精神的にもどん底の頃でしたが、艦見たさ、乗艦したさに、遠征しました。

 

でも、細かいところまで分かっているわけではありません。

とにかく、いい意味での杓子定規な艦のシルエットや、鉄の塊なのに温かみを感じるところが、好きなのです。

データがどうこうという好きではないので、ミリオタさんとは、少し話がずれてしまいます。


飛行機大好き

 

飛行機も、そうです。

飛行機は旅客機も、そこそこ好きです。

りんくうゲートタワービルにある、ANAの展示スペースに行って、飛行機と管制塔のやり取りを聞いて楽しむくらいには、好きです。

 

でも、飛行機の中でも、やっぱり軍用機がカッコいい。

戦闘機なんて、シルエットが素敵です。

曲線美です。

静岡の友達のところにあそびに行ったときは、浜松のエアパーク(空自の資料館)へ連れて行ってもらいました。

そこで、展示している戦闘機のコックピットに、座ってきました。

私には、大きすぎてぶかぶかでした。

 

死ぬまでに一度は、戦闘機のコックピットに座ってみたかったので、このとき夢がかないました。

今でも、私の夢は、ファイターパイロット(戦闘機乗り)になることです。


グッズ収集

 

どちらも、グッズがあれば、買いあさります。

海自グッズは、もう強迫的に買いあさります。

一度、隊司令さんと仲良くなって、お礼の手紙を送ったことがあります。

その手紙のお返しに、広報部から、非売品のグッズをいただきました。

これは、一生の宝物です!!


服装にも影響

 

艦が好きなのは、服装のこだわりとしても表現されています。

私は、セーラー襟の服が、好きです。

中学・高校はずっとセーラー服でした。

それはもう、喜んで着ていました。

 

ずっと、普段着られるセーラーをさがしていました。

ここ数年、マリンファッションブームが続いていて。

セーラー襟の服が沢山売られました。

ここぞとばかりに、買い集めました。

それを、とっかえひっかえ、着ています。

だから、私は大概セーラー襟の服を着ています。

しかし、それもセーラー襟の大きさ・形にこだわりがあるので、探すのが大変です。

 

コートもセーラーです。

職場にも、それを着ていきます。

だから、上司から、「どこの高校生かと思った」と言われます(苦笑)

ただでさえ、よく見た目が中学生とか高校生だと言われるのに、セーラーを着ているから余計にそう言われます……。


線引きは難しい

 

趣味かこだわりか。

線引きは難しいですが、ここまでやってしまうと、こだわりかなぁ、と。

まぁ、こんなこだわりもありますってことで(笑)

色へのこだわり

発達障害の人のこだわりは、よく言われていますが。

こだわりにも、いろいろあります。

 

色へのこだわり

 

私が5歳だったとき。

私は、コマ(補助輪)付きの、真っ赤な自転車に乗っていました。

5歳になったし、周りの子たちはそろそろコマを外して、走り回っていまし、私もコマをはずすことになりました。

しかし、私はもともと運動音痴で(歩くことも、療育園で教えてもらってできるようになったくらい)、自転車のコマはずしでも、躓きました。

 

何度練習しても、乗れません。

コマ付きでなら、乗れます。

 

そんなある日。

いとこのお兄ちゃんのところにあそびに行きました。

そのお兄ちゃんが乗っている自転車が、小さくなったのでもう使わない、と聞きました。

その自転車は、黒色でした。

わたしは、この自転車ならコマなしで乗れる、と思い、欲しいと言って、譲ってもらいました。

 

両親は、女の子なのに黒でいいのかと心配して、何度も私に納得しているのか、確認しました。

私は黒が良かったし、ずっと「これでいい」と言っていました。

 

こだわりが役に立つこともある

 

少し大きいけれど、黒の自転車でコマなしで乗る練習をしたところ。

私は、すぐその場で乗れるようになりました。

「黒なら乗れる」

そう思っていたことは、はっきりと覚えています。

 

もしかしたら、赤い自転車は、はじめて見たときからコマがついてたから、コマなしで乗るものではない、と思ってしまっていたのかもしれません。

結局、その赤い自転車は、再びコマを取り付けられ、弟のものになりました。


こだわる色は、変わる

 

また、大学時代は、青にこだわっていました。

服も青。

眼鏡も青。

自転車も青。

とにかく、持ち物は何でも、青でした。

それも、鮮やかな青。

そのため、私のイメージカラーは青になっていました(笑)

誰に聞いても、○○ちゃん(私のこと)は青よな~、と言いました。



現在は、赤とネイビーにこだわっています。

眼鏡も赤。

服も、赤系統。

自転車は、消防車と言われるくらい、真っ赤。

今は、○○ちゃん(私のこと)と言えば、赤!となっています。

 

服は、ネイビーのことも多いけれど。

ネイビーと赤の組み合わせも好きで、甲冑を自作したとき(金属で実寸大のものを自作しました)、縅す紐の色も、紺と赤の組み合わせにしました。

 

ただ、同じ赤や紺でも、微妙な色の違いで「これ違う」ともなるので、難しいところです。

 

こだわりには理由があることも

 

ネイビーは、こだわっている理由がはっきりあります。

それは、Navyは、海軍のことだからです。

イギリス海軍の制服に採用された色だから、ネイビーブルーというそうです。

私は、海軍や海自が好きです。

だから、色のこだわりとなっています。

 

特に理由のないこだわりもある。

本人なりの、理由があるこだわりもある。

 

以上、こだわりの一つ、色へのこだわりでした。

時間へのこだわり

時間を守らないと気持ちが悪い

 

私は、かなり正確に時間を守ります。

遅刻はしません。

理由は、時間を守らなければ、計画がすべて台無しになってしまうからです。

 

学校へ行っているときも、仕事をしていた時も、一度も遅刻をしたことがありません。

私は、毎日の行動が、だいたい分単位で決まっています。

 

仕事をしていた時のスケジュールを例として挙げると。

朝起きたら、15分で洗顔と髪のセットを終えます。

ご飯は、15分で食べ終え、歯磨きをします。

06:50分にはテレビをつけて、化粧の準備をします。

 

化粧やら何やらの準備が終わるのは、07:27頃。

そして、トイレに行って、着替えます。

着替えが終わるのが、だいたい07:35~07:40頃。

そして、しばらくテレビを見ながら時間をつぶし、07:48には家を出ます。

 

職場に着くのが07:55頃。

雨なら徒歩なので、08:05頃になります。

出勤簿にハンコを押し、休憩室で制服に着替え終えるのが08:15頃。

そこでしばらく休憩し、08:25には持ち場につきます。

 

こんな感じで、毎日行動していました。

今は仕事をしていないので、これとはスケジュールが変わっていますが、それでも毎日だいたい同じ時間に同じことをしています。

 

安心するためのこだわり

 

こうして、分刻みで行動が決まっていることで、安心できるのです。

逆に、トラブルがあって帰る時間が少しでも遅れたり、次の行動が遅れたりすると、とてもイライラします。

その後の予定が狂うように感じるのです。

実際には大きな影響はなくても、です。

大げさに言うと、その日一日の行動すべてが崩壊してしまうような気がします。

 

これだけ時間を厳格に守りますから、提出物も一度も遅れたことがありません。

宿題も遅れたことはないし、仕事の期限が守れなかったこともありません。

むしろ、早く提出してしまいたいので、すぐに片づけてしまい、驚かれます(笑)

この特性のせいで、卒論を学内で一番に出したくらいです。

 

信頼を得るのはいいけれど

 

おかげで、私は締切や時間は必ず守る、という信頼を得ています。

しかし、少しでも予定が狂うとイライラするので、精神的な負担が大きいです。

他人のせいで予定が狂うと、もう爆発しそうになります。

それを何とか抑えてはいますが、かなりの葛藤があります。

 

時間に正確でいいのか悪いのか。

世間的には、ルーズよりは絶対いいですが、本人的には辛い部分でもあります。

時間に急かされて生きているようなものですから。

よく「生き急いでいる」と言われる原因は、これかもしれません。