kaleidoscope

自閉症スペクトラム障害、ADHD、うつ病を抱える如月の万華鏡のような頭の中を、書き連ねていきます。わわわアールブリュット作家。

発達障害・精神障害と社会

以下に書くことは、あくまで個人的見解であることを、はじめにお断りしておきます。

発達障害精神障害と事件

発達障害精神障害という言葉が、良くも悪くも世間に浸透してきています。
何か事件が起きた時、一般的に理解できないことがその事件の原因であったり、原因に足る理由がなかったりした場合、よく精神鑑定にかけられていますね。

そして、その結果、精神障害がありました、とか、発達障害でした、とかいう報道がされます。


そして、きちんと理解していない一般の人たちは、言います。

発達障害って、怖いね。」

精神障害って、怖いね。」


確かに、発達障害者や精神障害者による犯罪は、起きています。

でもそれって、健常者による犯罪の件数と比べて、多いのでしょうか?


あちこちでそういった議論がなされていますが、実際には健常者の犯罪の件数のほうがずっと多いそうです。

ただ、発達障害者や精神障害者による犯罪は、不可解な理由によるものとして報道で取り上げられ、人々の耳目を集めます。

言い方は悪いですが、血祭りに上げられるわけですよね。

 

過剰な一般化と偏見

 

そして、そのニュースを見た人は、発達障害精神障害がどういったものなのか理解しようともせず、「発達障害は怖い」「精神障害は怖い」といった一般化をするわけです。

これは、過剰な一般化です。


身体障害者が犯罪を犯しても、報道でその人の障害について触れられることはありません。

なのに、発達障害精神障害を抱える人が犯罪を犯すと、すぐにその障害名を報道します。

どうして?

それって、立派な偏見じゃないの?

 

発達障害者・精神障害者の背景はいろいろ

 

実際には、発達障害者や精神障害者は、非常に人に気を使ったり、ルールを守ることに固執したりするので、健常者に比べて犯罪を犯す率は低いそうです。

 

ただ、ごく一部には、発達障害の二次障害をこじらせて、攻撃的になる人もいるでしょう。

精神疾患を抱える人の中でも、興奮しやすいタイプの人は、攻撃的になることもあるでしょう。


しかしそれは、本人だけの問題ではなく、その人に関わってきた人間が、その人をそういう状況に追い込んだのだ、とも考えられるわけです。

犯行に及ばざるを得なかった本人も、いわば被害者なのではないか、と。

本人だって、とても辛くて苦しい思いをしてきたのだと思うのです。

葛藤も沢山あったでしょう。

それを無視して、「発達障害精神障害だから犯罪を犯す」と、一括りにしてしまっていいものでしょうか?


だからといって、犯罪自体が許されるわけではない、ということはここに強調しておきます。

 

実際に経験したこと

実際、私も仕事をしているときに、精神疾患による興奮だと思われる人の被害に遭いました。

でも、私は雰囲気でその人がおそらく精神疾患を抱えているであろうことを見抜きましたから、余計な刺激をしない対応をしましたし、必要以上に恐れることもしませんでした。

それよりも、私以外の人のほうが、その相手のことを非常に恐れました。

おそらく、訳の分からない人、という解釈をしたのでしょう。

その人は最終的に、警察に連れていかれ、保護司が付いたようです。

 

異質なものを恐れる

結局、人間というのは、自分の知らないもの、理解できないものを恐れるんですよね。

あと、異質なもの。

それが、すぐに発達障害精神障害=犯罪、という過剰な一般化がされる原因の一つではないか、と思います。


発達障害精神障害についての正しい理解が、余分な摩擦を減らすと思うのです。

また、「優しい無視」も時には必要かもしれません。

そして、その正しい理解や優しい無視が、社会が労働力を確保するためにも必要だと思うのです。

でも、今はまだ、正しい理解以前の問題が、山積しています。

 

だれにでも起こりうること

発達障害はともかく、精神疾患は、いつ誰がなっても不思議ではないものです。

今の社会の在り様では、今後も精神疾患の患者が増え続け、働き手はどんどん減っていくでしょう。

そして、福祉にかかる費用は、うなぎ上りに増えることになるでしょう。


必死に働いて、本来人間が発揮できる能力以上の働きをさせられて、力尽きて精神疾患に陥るのです。

過剰なストレスが、精神疾患発症の要因の一つであることは、よく知られています。

 

社会への警鐘

このまま精神疾患の人間を増やすことが社会の役割なのでしょうか?

違いますよね。

これだけ精神疾患の人が増えている社会は、本当は危険な社会なのです。

精神疾患の人が増えているのは、その警告だと、思っています。

 

「みんな違う」が当たり前

誰にでも起こりうる精神疾患

高確率で生まれる、発達障害者。

本来、発達障害なんていう枠は、いらないのかもしれません。

だって、一人一人、みんな違うことを前提にすれば、発達障害者を異質とみなす必要はないのですから。


これらの、何らかの生きにくさを抱える人を支えることができる社会は、健常の人にとっても生きやすい社会なのだと思います。

健常者だって、生きやすいわけではない世の中なのですから。

 


非常にまじめなことを書きました。

賛否両論あることと思いますが、それは個人個人でお考えください。