引きこもり、再び社会に出る
再就職
3か月間、一応派遣会社に登録したりしながら、ほとんど引きこもった状態で過ごしました。
出かけようとすると、お腹が壊れるから、出かけるのも大変でした。
でも、私は「9月になったら働く!」と決めていました。
そして、周りにも言っていました。
8月初旬。
地元の公的機関の、アルバイト登録の案内が、その機関のHPに掲載されました。
もともと、目指していた職でもあり、私はすぐにアルバイト登録に行きました。
担当の、人事課で簡単なテストと簡単な面接を受け。
HPに掲載されてすぐだったようで、私一人でした。
元々営業だったということで、窓口でも構いませんと伝えました。
すぐに就職できるかわかりませんが、しばらく待機していてくださいと言われました。
職場見学
それから半月。
8月28日だったと思います。
その機関から連絡が来ました。
窓口、それも「顔」と言われる場所に空きがありますがどうですか?という内容でした。
私は、すぐOKしました。
他の候補者に断られ続けたのか、「断ってもらっても大丈夫なんですよ。本当にいいですか?」と言われました。
その理由は、働いていく中で分かりましたが(笑)
何度も確認されましたが、私は別にかまわないと思っていたので、その配属でお願いしました。
制服あわせも必要だし、一度見学に来てくださいと言われ。
次の日に、見学に行きました。
それが、今回異動する前の持ち場のメンバーとの出会いでした。
見学に行くと、メンバーに、「覚えることありすぎて無理!」と1日で辞めてしまった人がいるから見学に来てもらった、と言われました。
覚えるのは、私の得意分野です。
問題はないと思いました。
そして、働くメンバーの様子を見ていて、大丈夫だと思った私は、それを伝え。
正式に、採用になりました。
向いている仕事だった
公言していた通り、9月1日から働くことになりました。
この日から5年7か月。
私は働き続けることができました。
メンバーがそれぞれ個性的だったので、私が多少枠からはみ出していても問題なく。
いきなり窓口に座らされる、完全OJT方式の研修でしたが、メンバーが手取り足取り教えてくれるので、私でもなんとかついてくことができました。
そして、一番大きかったのは、一問一答形式で対応することが仕事だった、ということです。
私は、国語のテストの自由記述式のような問題が苦手です。
何を答えていいか、分からないからです。
逆に、算数のように、答えが一つに決まっている方が答えやすい。
この窓口は、「○○の手続きがしたい」→「○階の○○課です」という対応をする窓口でした。
そのため、聞かれるパターンさえ覚えてしまえば、記憶力をフル活用して働ける職場でした。
制度の変更
就職してから3か月。
アルバイトを減らし、非常勤という制度を新設する、という制度改革がありました。
初回の非常勤の合格定員は200名。
アルバイトは全員が受けるよう指示されたので、6~7倍の倍率になりました。
最終的に、私たち7人のメンバーから、受かったのは2人でした。
私は、そのうちの1人でした。
そして、4月から非常勤として働くことになりました。
その時に、関空の窓口で働いていたというお姉さんが、新しく配属されてきました。
私は、このお姉さんにいろんなことを教わりました。
4月から、私は非常勤になったので、アルバイトさんの上に立つ立場になりました。
メンバーも2人入れ替わり、私は早くも一人立ちしなければならなくなりました。
そんなとき、私は自分用にマニュアルを作りました。
環境整備
私は、周りの環境を、自分で整え始めました。
みんながやっている口伝のような方法は、私に合っていなかったから。
そのマニュアルを作って、先輩方に間違いがないか、見てもらいました。
そうすると、全員が「これ、欲しい」と言い出しました。
それをきっかけに、私は情報収集を始め、パソコンでデータ入力をしました。
しかし、マニュアルなど作ったことのない私が作ったものは少しみにくく。
そこで、関空で働いていたお姉さんが、きれいに体裁を整えてくれました。
その後も、そのお姉さんんがエクセルで地図を作ったりしているのを見て覚え(教わってはいない。門前の小僧習わぬ経を読む、です)ていきました。
このマニュアルで、全員が情報を共有できるようになりました。
また、そのお姉さんが2年目はリーダーを務めてくれました。
会議に出席したこともありました。
ずいぶんと、根本的な体制を確立してもらったと思います。
それから2年。
私が3年目に突入した時。
お姉さんは、看護師になるため、持ち場を卒業していきました。
そこからは、私と、もう一人、同い年の非常勤の子と、二人でリーダーの仕事をしました。
上司との交渉は、口の立つもう一人の子がしてくれました。
私は主に、データの処理や、窓口の仕事の環境整備を担当しました。
もう一人の子は、何かあったら課に怒鳴り込んで、上司にでも噛みつく勢いのある子でした(笑)
そうやって、うまく回っていました。