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kaleidoscope

自閉症スペクトラム障害、ADHD、てんかん、うつ病を抱える如月の万華鏡のような頭の中を、書き連ねていきます。わわわアールブリュット作家。

大学生・部活

吹奏楽部に所属

 

大学にも、サークルという部活のようなものがありました。

この大学では、「部活」と呼べるのは、強化サークルだけでした。

強化サークルとは、大学から補助金が出ていて、全国大会を目指すようなサークルのことです。

 

私は、迷わず吹奏楽サークルに入部しました。

入部当初は、へたくそな弱小バンドで、人数も少なく。

私が所属しているうちに、どんどん大きくなり。

京都府代表の座を奪い、関西コンクールに出場するまでになりました。

今では、強化サークルに仲間入りし、「部活」と呼べるようになっています。

 

フルート兼パーカッション

 

入部した時には、すでにフルートパートには1回生が三人いました。

私も、フルートパートを希望しましたし、自前で楽器を持っていたので、フルートに入りたい!と言いました。

部長には、中学で打楽器の経験があるなら、打楽器に回ってほしいと言われたのですが…。

部長と話し合いの末、どうしても打楽器の手が足りないときは、ヘルパーとして打楽器に回る、ということで決着がつきました。

こうして、私は入部してすぐ、フルートと打楽器のかけもちをすることになりました。

結局、フルートに入った1回生一人は、すぐ辞めてしまいました。

大学も辞めて、音大へ入りなおすということでした。

 

この時出会った、同じパートの子の母親が、私の父親の、仕事の部下でした。

お互い、「あの話に聞いてる○○さん!?」っていう会話が(笑)

世間は狭いですね。

 

のんびり練習、自信を持つ

 

最初のうちは、週2回の練習で、練習時間も短く、どちらかというとつまらない状態でした。

 

私は、高校時代とは違い、自分の腕にそれなりに自信を持つようになりました。

決して、劣ってなどいないことに、気付きました。

 

合宿・積み込み係

 

8月の夏休みには、一応合宿にも行きました。

合宿に出かける日。

朝から、トラックに大型楽器を積み込みます。

私は、その積み込みを手伝う「キャリー」に配属されました。

10名弱で、大型の重い楽器を運びます。

その時2回生の先輩が仕切っていたのですが。

仕切り方が悪く、私はイライラしてしまいました。

 

高校のとき、積み込みがあるごとに、指揮をとる人以外は毎回別の人が選ばれ。

「トラック(の荷台)に乗れ!指示を出せ!」と言われて、訓練されていました。

そのため、私は自ら荷台に上がり込み。

私が、指揮を取り始めました。

私の采配に、そのほうが早いと思った先輩は、すべてを任せてくれました。

その後も、楽器を運ぶときは、私に指揮をとらせてくれました。

幹部の内の一人の先輩が、私を指名してくれました。

後輩のくせに!なんていう先輩は、いませんでした。

 

そのおかげで、私はそののちも、どんなことに対しても、自分が「指揮を執る」ことに関しては、苦痛に思ったことはありません。

合理的でないことにイライラしますから、自分で考えた一番合理的な方法で他人を動かす立場に、向いていると思います。

私より合理的な人がいれば、その人に従います。

ただ、私はトップに立つ器ではないので、思う存分腕をふるえる、ナンバーツーに向いているようです。

鬼副長と言われた、新撰組の土方さんのように(笑)


役員決め

 

10月。3回生の先輩方が、引退しました。

ここからは、2回生が主導で活動を進めていきます。

大学のサークルは、完全自治です。

部長・指揮者・渉外が「幹部」とよばれ、その幹部を中心に、活動が進められました。

 

他にも、担当があり、それぞれどれかの担当につかねばなりません。

1回生は、見習いとして、この時に話し合いで担当を決めます。

私は、楽器管理に立候補しました。

楽器管理が、トラックを手配し、他大学との楽器の貸し借りの役目を担います。

一人は、必ず打楽器から出すことになっていました。

私は、管楽器のことも、打楽器のことも分かります。

そして、トラックを手配するには、どう積めば、小さいトラックで楽器を運べるか、を考える必要があります。

トラックが小さい方が、借り賃が安いからです。

すでにキャリー隊の指揮を執っていた私には、うってつけだと思いました。

周りも分かっていたので、私はすぐに楽器管理に決まりました。


先輩になる

 

2回生になり、後輩が入ってきました。

この子が、また変わった子で。

私とこの子と二人で、練習中に騒いで、よくパートリーダーに怒られました(笑)

その子は後々、指揮者になりました。

 

フルートパートには、一つ上の先輩がいなかったので、私たちは2回生ですでにパート内の権力者になっていました(笑)

同い年が3人なので、揉めもしましたが、仲良く楽しく、活動していました。

後輩も加わり、爆笑しながらパート練習をしたりもしていました。

 

コンクールに出場

 

この年、2回生からの要望もあり、私たちの部は初めて、コンクールに出場しました。

それまでは、人数も少なく、どちらかというとやる気のないバンドだったので、コンクールには出場していませんでした。

はじめての出場なので、小人数枠で出場。

練習は増えましたが、楽しかった。

この時、私は打楽器を担当。

他大学の打楽器の人に教えてもらいました。

その人は、私が打楽器担当だと思い込んでいて。

他の曲の練習で、フルートを吹いているのを目撃し、ものすごい形相でびっくりしていました(爆笑)

この時から、私は、打楽器の腕前も認めてもらえるようになりました。

というより、打楽器のほうが向いていることが、はっきりわかりました…。

 

長くなるので、次回に続きます。