kaleidoscope

自閉症スペクトラム障害、ADHD、うつ病を抱える如月の万華鏡のような頭の中を、書き連ねていきます。わわわアールブリュット作家。

小学4年生

4年生になった

 

小学校4年生になりました。
クラスはそのまま。
先生は、またしても転勤で一年で変わってしまいました。

 

周りの子への興味

 

4年生になった私は、一気に周りの子たちを意識し始めました。
それまで、クラスメイトの存在は分かっていましたが、それが何なのか、良くわかっていなかったのだと思います。
ニキ・リンコさんは「クラスメイトは教室についてくるもの」だと思っていたらしいですが、私の感覚もそれに近い物だったのかもしれません。

 

クラスメイトが、通常「友達」と呼ばれる部類に入るようになったのが、このころでした。

周りの子は、少しお姉さんになった気がしました。
私だけ、まだ子供のままのような気がします。
いわゆる、「9歳の壁」だったのでしょうか。

 

友達と遊ぶ

 

このころ、ゴムとびが流行りました。
学校では、私よりずっと背が高くて中身も大人になりつつある、クラスメイト2人と遊んでいました。
というより、私が遊んでもらっていたと言った方が正しいかもしれません。

その二人と一緒に、大休憩(2時間目の後の20分休憩)や昼休憩に、ゴム飛びを教えてもらって、遊んでいました。

 

そして、このころ、放課後家に帰ってから、友達と遊ぶようになりました。
その時に仲良く遊んでいたのが、幼稚園で私の頭を叩いた子でした。
その時は、幼稚園でのその子と、目の前にいる友達が、同一人物であるとは気付いていませんでした。
もう少し大きくなって、あとから記憶を照らし合わせて気付いたのです
多分、それくらい私は、周りの子が見えていなかったんだと思います。

 

いろんなクラスメイトがいた

 

4年生のクラスには、今でいう「問題児」が一人いました。
お父さんがいたのかどうかは分かりませんが、お母さんは看護師さんで。
中学生のお兄さんがいるけれど、いわゆる「不良」で。
「問題児」の本人の男の子は、暴力的で、我慢ができない子でした。
何かあると、すぐ教室を飛び出し、家に帰ったり。
学校に来ないこともたびたびありました。
先生に暴言を吐いたりもしました。
先生は、みんなに「さみしい思いをしているんだと思う」と説明しました。
その子のお母さんも、一緒にいられる時は、スキンシップを大事にするようにしていると言っていました。

 

私が発達障害についていろいろ調べるようになって、思ったのですが。
多分、この男の子も、発達障害だったのではないかと、思うのです。
学校に来られない。
居場所がない。
感情がコントロールできない。
言葉にできないから、暴力をふるう。
じっと座っていられない。

可能性は、高いと思うのです。

ただ、当時はまだ、発達障害は認知されていませんでした。
この男の子は、すでに二次障害を発症していたのかもしれません。
今、この子がどうなっているのか、すごく気になるところです。


また、この時には、幼稚園で一緒だった知的障害の男の子もいました。
3年生でも一緒だったはずなのですが、あまり記憶にありません。
その子と、周りの子との、能力の差も、格段に広がり。
周りも、「障害」ということを理解してきました。
体育や図工以外は、すべて養護学級(現・特別支援級)に行っていました。
それでも、みんなちゃんと仲間として認めていました。

 

いろんな子がいる。
そんな中で過ごせたから、私はこの小学校では問題もなく、過ごせたんだと思います。
良い先生。
良いクラスメイト。
そんな学校生活で、よかった。
この学校では、イジメなんてありませんでした。