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kaleidoscope

自閉症スペクトラム障害、ADHD、てんかん、うつ病を抱える如月の万華鏡のような頭の中を、書き連ねていきます。わわわアールブリュット作家。

4歳・幼稚園入園

幼稚園へ

 

4歳になってすぐ、私は幼稚園に入園しました。

二年保育なのですが、私は2月生まれのため、4歳になってすぐ入園することになりました。

4月・5月生まれの子と比べると、ほぼ1歳違うので、大きな差です。

周りの子は、すごくお兄さんお姉さんに思えました。

 

入園式の日。

私は、近所の中の良い子3~4人と一緒に入園しました。

同い年の他の子は、みんな男の子。

ずっと、この男の子たちと遊んでいました。

時々、その子たちのお姉さんや、年下の女の子とも遊びましたが、メインは男の子たちでした。

そのかわり、仲間はずれにもされましたが(;^_^A

 

入園式では、まずクラスわけをされ。

全部で5クラスあった気がします。

2年目は、4クラスに減ったかな?

私は、ゆりぐみさんでした。

白い帽子で、裏が黄色の帽子をかぶりました。

幼稚園への行き帰りは裏返して黄色にする帽子でした。

きくぐみさんだけは、裏も表も黄色です(仕方ない・笑)

 

よくわからなかった、幼稚園

 

先生は、いつもにこにこしている優しい先生でした。

私は、良くわからないまま、入園式を済ませ、教室にいました。

「これから毎日幼稚園に行く」ということは、母に教え込まれていたのでなんとなく分かっていましたが、何のために行くのかはさっぱりわからないまま。

とにかく、言われたことはしなければならないのだろうと、そんな風に思っていました。

 

だから、登園渋りもなく、毎日男の子たちと一緒に、幼稚園に行きました。

ただ、幼稚園ではよく泣いたようです。

家庭訪問時に、母がそう言われたらしいです。

「子供らしい子供」と言われたそうですが(笑)

 

不安で仕方なかった

 

なぜ、泣いていたのか。

それは、とにかく不安だったからです。

みんなが何をしているのか分からない。

自由時間も、何をしていいかわからない。

意味の分からないことだらけで、不安おばけがたくさん出ました。

今、当時のことを思い出すと、とにかく不安だったことが理解できます。

 

感覚過敏

 

 

幼稚園で、誰かと一緒に遊んだ記憶が、ほとんどありません。

先生が絵本を読んでくれたり。

灰色の油粘土で遊んだりしました。

この油粘土が、ねちゃねちゃして気持ち悪くて、匂いも嫌だったことを憶えています。

 

夏には、全員にゴム製のビーチサンダルが配られました。

夏には水遊びや、プールがあるので。

足の大きさに合わせて買うので、一人ずつ先生に呼ばれて、ためし履きをした記憶があります。

しかし、このビーチサンダル、乾きやすいように、足の裏に当たる部分が小さな点々の突起が沢山あって。

しかも、鼻緒もかたいゴム素材なので、足が痛くてたまりませんでした。

 

夏になると、帽子も麦わら帽子に変わります。

私は、麦わら帽子が大嫌いでした。

真ん中の、頭のてっぺんの部分が、ちくちくして痛いからです。

 

サンダルも、麦わら帽子も、痛いから嫌だ、と母に言ったのですが、みんなが使う決まりだからと、むりやり使わされました。

母には、どちらも「痛い」ということが、よくわからなかったのだと思います。

 

あと、毎日かぶる帽子のあごにかけるゴムが大嫌いでした。

首を絞められるような不快感がありました。

いまでも、首回りに何かを巻くのは苦手です。

ハイネックの服も、首回りが緩くないと着られません。

そのため、ずっとゴムを手で引っ張っていました。

当然、ゴムはすぐ伸びてびろんびろんになりました。

首が締まる感覚が分からない母に、ずいぶん叱られました。

 

指示を聞いていない

 

先生の指示には一応従っていましたが、先生の指示を聞いていないことがよくありました。

一つ例を挙げると。

クリスマスの時期、サンタさんにプレゼントを入れてもらう靴下を、画用紙で作りました。

私は、配られた靴下型の真っ赤な画用紙をじっと見ていました。

「これをどうするのかな~」というようなことを考えていたと思います。

 

ふと気が付くと。

周りの子たちは、なにやら作業を始めています。

先生の指示があったはずなのですが、私はそのことに全く気付いていませんでした。

あわてて、私は周りの子たちがしている行動を観察します。

そして、数人の行動を見て、「どうやらティッシュを丸めて靴下の入口に付けているようだ」ということに気づきます。

何人かを見て、その子たちの行動の共通点をさがして、答えを見つけていたのです。

そうやって、しばらく観察した後、私は作業にとりかかります。

遅れて作業に取り掛かりますが、作業自体は非常に早かったので、いつも1番に作業が終わっていました。

だから、先生も、私に指示が通っていないとは、思ってもいなかったでしょう。

 

単にのんびりした子?

 

参観日の様子を、母が書き記していましたが、そこにも「周りを見てから作業を始めるから、何をするにも一歩遅れる子。のろまなカメさん。」と書かれていました。

親も、単にのんびりした子だ、くらいにしか思っていなかったようですσ(^_^;)

 

だから、周りから見ても困っているようには見えなかったのかもしれません。

今、幼稚園に行っていたら、もしかしたら「気になる子」として保護者に報告されていたかもしれませんね。


とても悲しかったこと

 

もう一つ、おまけ。

幼稚園に、消防車が2台やってきたことがあります。

こどもたちに、消防車の見学をさせてくれました。

そのあと、教室で、みんなで消防車の絵を描きました。

先生が、自由に描いていいと言ったので、私は私の思う消防車を描きました。

一枚の画用紙に、3台ほど描いたと思います。

一生懸命、熱中して描いていました。

 

突然、先生が目の前に現れて、「これ、あかんわ」と言いました。

何がいけなかったのか。

「消防車に、顔かいたらあかんよ。描きなおそうか。」先生は言いました。

そう、私は消防車に、顔を描いていたのです。

今でいう、トーマスみたいに。

自由に描いていいと言ったから、自分の思うままに描いたのに。

私は、自分が全否定されたと感じて、悲しくなりました。

クレヨンも、赤が二本(たぶん片方は朱色だったのでしょうが、識別できていませんでした)あったのに、描き直したせいで、赤だけが極端に減って、他の色と長さが違ってしまったことも、不満でした。